ユウキStory

【エピソード0】メーカー営業職:ユウキ(28)の場合

「どう、今日飲みに行く?」

 

いつものように先輩が声をかけてきた。隣の席に座る3歳年上、既婚者なのに意外と縛りがゆるく、遅くに帰っても何も言われないらしい。

「昨日も飲みに行ったのに、記憶をなくしてるとしか思えないですね。いい加減、奥様に愛想つかされちゃいますよ?」

「うちは放任主義なの。あいつはあいつで好きにやってるし、俺は俺の今やりたいことをやるんだよ」

「今やりたいことが、昨日も飲みに行った後輩と、今日も飲むこととは。そんな時間あったらお客さんと一席設けた方がいいんじゃないですかね?」

皮肉を返した僕に対して、彼は眉を深いハの字にして笑ってみせた。ハリウッドばりのクドいリアクション。

 

現在、同じ営業チームで動いている上司・部下の間柄。それなのに軽くあしらってもきちんと受け止めてくれる度量の広さは、客先での評判にも一役買っている。

僕はこの先輩が好きだ。ただし、毎日飲みにいくほどではない。

「先輩は愚痴も言わない明るい飲みで楽しいんスけど、今日はさすがに遠慮しときます」

「お、なんだ、コレか?しっぽりか?」

「しっぽりって久々に聞きましたわ。そうそう、しっぽりしてきます」

軽くあしらって、時計を見る。夜の20時を回ったところだった。

「じゃあ、今日はこのへんで上がります。お疲れ様でした」

仕事はそつなくこなし、評価も悪くない

今の会社に入社して早7年目。

新卒で採用された一部上場の大手ITメーカーで、最初に配属された法人担当の営業職としてずっと働いている。

普通は3~5年で転属が決まるが、僕は運良く(運悪く?)大手クライアントからの指名もあって、少し異例の7年目だ。

特別なことをした記憶はないが、飄々としたこの感じを受け入れてもらえたのかもしれない。

 

特に突出した成績を残したことも、反対にノルマを大きく下回ったこともなく、自分でも「そつなくやってるな~」という印象。

自分で言うのもなんだが、要領のいい方だと思う。お陰で残業することもあまりない。

ただし、課の課長には苦い顔をされている。もっと頑張れば成績あがるんじゃないかと。

そうかもしれないが、仕事はそこそこでいいのだ。出世欲もない。

それよりかは週に2度、仕事終わりにジムにいくことや、週末のんびりと過ごすことの方が重要だったりする。

休みの日は趣味に費やす。楽しいけれど……

陶芸が好きだ。初めて1年ほどになる。

きっかけは些細なこと。今の部屋に引っ越した際に、転入届を出しに役所に行った。

そこでたまたま目にしたチラシがきっかけで、何ともなしに行ってハマってしまった。

それまで趣味という趣味のなかった人間の、初めての趣味だった。

 

ろくろを回す時間が、癒しを感じる瞬間。

特に、器の形に成形する前の、何でもない土の塊から形を整えていく工程が好きだ。

なんでもないものが、なにかに変わっていく瞬間。

僕もまた、なんでもないものから、なにかへと進んでいけるような気がしてくる。

 

陶芸は、月に2回だけのささやかな楽しみ。

それ以外はショッピングしたり、読書したり、映画を観たり、至って普通の休日。

楽しくないわけじゃないけど、ハリがない。

独りで過ごすのも飽きたな、彼女でも作ろうか。

ってすぐにできれば苦労してないけど。

前の彼女は1年前。それ以来、出会いなし

今では営業部門にも女性が多くなった。

と、30代の先輩たちが口を揃えて言う。

彼らが入社した当初はもう少し体育会系だったそうだ。そんな時代だったのかなと何となく感じる。

女性の活躍促進なのか、働き方改革なのか、ともかく以前に比べると女性の割合は増えたそうだ。

 

だから出会いはなくはないが、そもそも僕は社内恋愛を好まない。

何度か関係がおおっぴらになり、面倒くさい噂を立てられているのを見てきた。

中には不倫関係までも、隠している本人たちを尻目に格好のネタにされているのを見る。

見れば見るほど、社内では恋愛すまい、と心に誓う。

そもそも、営業に向いているような、明朗快活でコミュニケーション能力の高そうな人種は、おとなしい僕のようなタイプは眼中にないだろう。

いいのだ、こちらから願い下げだ。

 

前に付き合ってた彼女は、1年ほど前に別れた。

学生の頃から付き合っていたが、社会人になって、別の会社に入ると、やはりすれ違いも起きる。

毎日顔を合わせていたのが週1になり、月1になり、会えない月が増えると、もはやどうでもよくなった。

今は向こうには新しい彼氏もできて、楽しくやっているらしい。らしい、というのはSNSで偶然見かけたから。

見に行ったわけじゃないよ、たまたま見かけただけ。

 

会社での出会いもなしだと、あとはプライベートで探すしかない。

ろくろを回すカルチャーセンターはおばさんばかりで、チヤホヤしてはくれるけど、そういうことではない。

合コンや飲み会の類も、なかなか自分を出せなくて上手くいった試しがない。

友人の紹介?いやいや、それも後々面倒くさい気が。

 

と、現代っ子と言われそうな感性の自分。

ふと、出会い系アプリってどうなんだろう、と思い立った。

僕もTwitterやFacebookはやっている。匿名だったり、あまり更新はしていないけど。

最近はそういう出会いも普通だと聞く。と、テレビで言っていた。

どうなんだろう、見るだけならタダかな。

別に自分の名前や顔を出さずに、閲覧するだけなら試してもいいか。

うん、なんだかそんな気がしてきた。

 

とある週末。

初めて、出会い系アプリ「Pair’s」(ペアーズ)をインストールしてみる。

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